なぜ青年海外協力隊に? その1

大学院1年生春

大学時代、数学の研究を続けたいため院へ進学することは大学2年生くらいから決めていました。
ですが、研究者になろうとは思わず、院試の時点で面接官に

「私は博士前期課程を修了すると就職します」

とはっきり言っていました。

面接官にはたいそう驚かれました。
この大学時代の話はまた別途記事にします。

今思うと、面接時にこのセリフ出すの結構大胆だったなーとは思います。
私の場合は運よくこれがいい方向に転がり、2年間望んだ大学院で研究が行えました。

そして1年生になった春に、リクナビだかマイナビだかの説明会が講堂で行われたので、
私も参加していました。

大学時代、タイトルはすっかり忘れてしまいましたが、
途上国で働いている人のビジネス書を読んだことがありました。

何に引かれたのかわかりませんが、当時思ったのは

「別に日本に就職しなくてもいいよなー」

と、自分の実力も何も考えずに、ぼんやりと思うところはありました。
思うだけ思い、いつか途上国で働きたいという夢は片隅に置くように。

そんな考えを持っても、結局どうやって情報を集めればいいのか当時はわからず、
結局皆と同じくインターンシップへ数社お邪魔したり、説明会に行ったりしていました。

大学院1年秋~大学院2年生春

説明会に行って、魅力的と思える企業はたくさんありました。

そりゃブースで自分の会社を悪く説明する会社がどこにあるんだ、ですが、
それでも面白そう・携わってみたい、と感じる会社もちらほら。

面接に臨んだのですが、
ことごとく惨敗

世の中には50社100社受ける人もいるようですが、
(むしろそれがデフォになってきているんですかね…?)

私は10社くらいでメンタルが折れました。

それが大学院2年、4月あたりの話。

4月の半ばに入るととある企業から二次面接のオファーがやってきました。
その会社と最初に面接したのは数カ月も前の話で、
そのまま音沙汰がなかったため

「あぁ、多分合格者が辞退して、補欠みたいな感じで呼ばれてんだろうなー」

と邪推していましたが、それでも向かうことに。

その時決めていたのが

「これで不合格だったらいったん就活諦めよ。海外に目を向けてみるか」

と、昔からのちょっとした夢だったことを視野に入れることに。

大学院2年生夏

結局最後の面接も落ちていました。
そのままネットで海外の働き方を調べてズルズルと8月になってしまいました。

自分が博士後期課程に進まないのは私の担当准教授もご存じだったので、
就活情報を何もよこさない自分に対して
「どんな感じですかね?」
と聞かれ、もう就活していない旨をやっと打ち明けました。
(皆さん、ホウレンソウはしっかりしましょう)

途上国で働きたい旨を伝えると、最初は驚いた様子でした。
それから「どうしようかねー…」と一緒に悩んでくれました。

案を二つ用意されたました。

  1. 自分の知り合いが東欧にいて、確か職員を欲していた
    →その後連絡を取ってくださったみたいですが、もう受け付けていないようで
  2. 東南アジアで、大学講師を行う
    →別に教授職を持っていなくとも、できるところはあるとのこと。
     しかし、この案はどうなったか結局忘れてしまいました..

この案をいただいたことだけでも十分嬉しかったです。
結局9月になっても働き先は見当たらないまま、さてどうしたものか…

運命の出会い

さぁ、あと半年したら院修了なのにどうしようかと思い悩んでいました。

その時、担当准教授の方からの一言が。

「青年海外協力隊って知ってます?」

これが私の人生を大きく変えた一言でした。

この後の話は次の記事で。

この准教授の方には、本当に感謝してもしきれないくらい大変お世話になりました。
今は教授として、別の大学で研究を行われています。

もう一度ここで、心からの感謝の意を表させてください。

ありがとうございます。

続きます

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